1980年代 留学日記から

誕生日に同室のモンゴル人が作ってくれたボーズ(1985年11月)
誕生日に同室のモンゴル人が作ってくれたボーズ(1985年11月)

私のモンゴル9

食料事情①    羊肉料理

 「肉なくして食事にあらず」という言葉をよくモンゴル人から聞いた。たとえ少量でも食事には肉がなくてはならない。肉を食べない朝食をモンゴル人は食事とは呼ばない。朝食を食べたかと尋ねるとき、「お茶飲みましたか」と言う。

 「肉なくして食事にあらず」という言葉をよくモンゴル人から聞いた。たとえ少量でも食事には肉がなくてはならない。肉を食べない朝食をモンゴル人は食事とは呼ばない。朝食を食べたかと尋ねるとき、「お茶を飲みましたか」と言う。

 肉といえば羊。羊の骨付き肉を塩ゆでしただけのブヘル・マフが出ようものなら、誰もが夢中になって食べる。できたら骨の中の骨髄もすするといい。ブヘル・マフの煮汁にうどんや野菜を入れて煮たスープもまた美味である。

 肉(やはり羊肉が一番いい)と玉ねぎのみじん切りに塩をして、小麦粉の皮で包んだのを蒸したものがボーズ、油で揚げたものがホーショール、スープで煮たものがバンシュ。材料は同じでも調理法でこんなにも違うのかと思えるほど、味は三者三様。いずれも皮づくりが結構むずかしく手間がかかる料理だが、大抵のモンゴル人は手早くおいしく作る。

 なかでもボーズは祝い事などに必ず出てくるごちそうだ。招待されてイヤというほどごちそうになったものだ。手でつまんで、中の肉汁(これがうまい)をこぼさないように吸いながらガブリといくのが正しい食べ方。

 ボーズがシューマイをちょっと大きくした形なら、ホーショールは手のひら大の半円形。学生寮の同室者バイガルマーがホーショールを作ってくれて、「食べる前にこうやって手のひらに持って体を温めるのよ」と教えてくれた。

 バンシュをあえてたとえるなら水ギョーザ。ボーズやホーショールとは違ったあっさり味がいい。スープではなく、ミルク茶で煮たバンシュもいける。これがおいしいことでウランバートルっ子に大人気の「バンシュニー・カフェ」が国立百貨店の近くにある。薄味でお茶のコクがよく出ているバンシュを口にして、ここの行列は他の店で見かける行列とは異なる、納得のいく行列だと思った。

 ボーズ、ホーショール、バンシュはそれぞれシューマイ、揚げギョーザ、水ギョーザに似ているようで全く違う。何より中華料理のようにいろんな香辛料を使わない。肉をたっぷり使って、塩だけで肉のうま味を全面的に引き出す。包む皮が厚めでコシがあるところも特徴だ。

 モンゴルからの帰国途上、北京の日本大使館近くの野外レストランで食べたギョーザが肉の臭みがなく、皮も薄くて、ひどくもの足りなく思えた。北京飯店7階のレストランで食べた羊肉のしゃぶしゃぶも然り。薄っぺらく脂身のない肉を、みそやいろんな香辛料の入ったタレにつける食べ方は、羊肉の味をなくしてしまうようだ。モンゴル人が食べたら羊肉じゃないと言うだろうと思った。モンゴルから出てきたばかりでボーとしている私たちを哀れに思ってごちそうしてくれた日本大使館の方には申し訳ないけれど、かえってブヘル・マフが恋しくなって、モンゴルに戻りたくなってしまった。


(モンゴル研究会会報『ツェツェックノーリンドゴイラン』1988年10月号掲載)