2000年代

映画パンフレット
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遊牧民の未来に希望を抱いて

ーービャンバスレン監督の「らくだの涙」と「天空の草原のナンサ」ーー

"The Story of the Weeping Camel" and "The Cave of the Yellow Dog" : Films by Byambasuren


 モンゴル人女性監督ビャンバスレン・ダワーの映画「らくだの涙」(2003年)、「天空の草原のナンサ」(2005年)を見て、その独特な作品世界に感銘を受けた。

 両作品では監督と同時に脚本も手がけている。モンゴルの大地に生きる遊牧民を撮っているのだが、郷愁に浸るものでもなく、都会人には珍しいエコロジーな暮らしを記録しようというものでもない。激動の時代、遊牧民をとりまく厳しい現実を見据えながらも、尊敬と親しみと慈しみのこもった眼差しで彼らを見つめ、彼らの未来に希望を抱いていることが、映像からひしひしと感じられる。

 「らくだの涙」は物語風ドキュメンタリー映画、「天空の草原のナンサ」はドキュメンタリー風劇映画といっていい。いずれもドキュメンタリー的色彩の濃い作品だ。そのため、本物の遊牧民、本物の家族の出演が功を奏し、作品を成功に導いている。

 プロの役者顔負けというより、出演者たちの誇りある本物の人生がにじみ出ているのだ。監督・スタッフとの信頼関係も自然な「演技」につながったのだろう。だが、何といい顔をした「名優」たちが見出されたことか。


ゴビの「名優」一家

 「らくだの涙」はミュンヘン映像映画大学の卒業制作で、イタリア人ルイジ・ファロルニとの共同監督・脚本作品である。多くの国で上映され、たくさんの観客を集めたという。

 モンゴル南部、ゴビ地帯でラクダを飼う4世代家族の暮らしを映したドキュメンタリーだが、現実を再現する形で登場人物たちに「演じて」もらうという、面白い手法を採っている。

 登場するジャンチフ一家の人が皆、名優のような風格を兼ね備えていることに驚く。限られた資金と時間のなかで、いくつもの幸運が重なってできた作品だが、ジャンチフ一家とめぐりあえたことが一番の幸運といえる。ゴビの厳しい自然の中で、誇りを持ち、心優しく、力強く生きる本物の遊牧民の姿を見せている。

 1頭の母ラクダが難産で生まれた子に授乳しようとしない。家族は母ラクダを信じて、子ラクダとの絆を結びつけようと根気よく世話をするが、なかなかうまくいかず、伝統的な音楽療法を施すことにした。馬頭琴奏者を呼んで、母ラクダに歌と演奏を聞かせる。すると母ラクダは涙を流し、やがて子ラクダを受け入れた。

 奇跡的な場面であるが、家族は感激の表情を示すのでもなければ、感嘆の声をあげるでもない。淡々とした様子をそのまま撮っている。やはりドキュメンタリーである。


古い金物のひしゃく

 「天空の草原のナンサ」でも、ビャンバスレン監督はいい「キャスト」にめぐまれた。子犬のツォーホルなどは05年度カンヌ映画祭の「パルムドッグ賞」を受賞した。

 草原を駈けずりまわってやっとのことで、想定していた家族にぴったりのナンサの家族を探し出したという。かわいくてしっかり者の6歳の少女ナンサも魅力的だが、若い父母の誠実な人柄が印象的だ。

 舞台は、監督の母親のふるさと、モンゴル中央部のアルハンガイ県タリアト郡。若夫婦と3人の幼子の遊牧民一家の夏の日常が、家族の睦まじい触れ合いや小さなエピソードを織り込みながら描かれる。

 劇映画なのだが、本物の家族だけあって、まるでドキュメンタリーだ。

 主人公のナンサが夏休み、学校の寄宿舎から家に帰ってくる。洞穴で見つけた子犬を飼おうとするが、父は許さない。父母は家畜の世話、チーズ作りなどで忙しい。ナンサも妹、弟の面倒を見たり、羊を放牧したり、よく働く。懸命に働いても、家畜が狼に襲われることもある。大自然と向き合って生きる楽しさ、厳しさが伝わる。遊牧民の自然や生き物に対する感謝や畏敬の念は、こんな暮らしのなかで育まれるのだろう。

 しかし、現代文明の波は草原にも及ぶ。より便利な生活を求めて、町に移り住む家族が少なくない。ナンサの父母も、遊牧をやめて町に出るべきか考え始めている。

 監督はそんな厳しい現実を見つめながらも、遊牧民の未来への希望を捨てない。古き良きものは、きっと新たな形に進化して生き残っていける。「ひしゃく」のエピソードがそれを暗示しているのではないか。

 金物のひしゃくが壊れ、お父さんが町でプラスチックのひしゃくを買ってきたのはいいが、熱い鍋の中で熔けて使えなくなった。結局、お父さんは壊れた金物のひしゃくの修理に取りかかる。

 ビャンバスレン監督は1971年生まれ。若手のモンゴル人監督として、今後のいっそうの活躍が期待できる。以上の2作品はドイツ映画だが、近い将来、モンゴル映画として、また、いい作品を発表してほしいと思う。


<モンゴル研究会『モンゴル研究』№23(2006)掲載>