1980年代 留学日記から

ハルホリン(カラコルム)飛行場(1986年6月)
ハルホリン(カラコルム)飛行場(1986年6月)

私のモンゴル6

文化・芸能レポート③

映画その2<現代もの>


 現代もの映画は、現実をストレートに反映するので、その社会についての認識をた易く広げてくれる。ただし、明確なテーマやリアリズムが欠けていたら、その役割は果たし得ない。

 あるモンゴル人の知人は「以前のように社会に問題なし、すべて良しといった感じの作品とは違って、1980年代に入ってモンゴル映画は現実の問題を直視するようになり面白くなってきた」と話す。

 たとえば「五本の指」(1983年、監督:Ⅰ・ニャムガワー、B・バルジンニャム)は、父親が妻と5人の子どもを捨てて他の女性のもとに行ってしまったことから展開する話。こうしたケースが少なくないという現実、家庭崩壊から生じる精神的、経済的な労苦を告発している。原作はCh・ロドイダンバの同名戯曲。父が去り、母が死んで、弟4人の面倒をみる長女スレンの毅然とした態度がいい。オヨンという女優が好演していた。

 家庭生活と並んで労働の問題もモンゴル映画の重要なテーマである。労働意欲を高め、働きがいのある職場をつくるための主体的努力は欠かせないが、組織的、物質的な基盤も見直さずに、労働者の怠慢を単に意欲の問題として捉えるのは正しくない。だが、概して本人の意欲の問題とする傾向が強いようだ。たとえば「思い続けてくれ」(1984年、J・セレングスレン監督)は、勤勉な兄と怠惰な弟という、図式的な教訓話になってしまっている。

 「あなたの許に移ります」(1984年、B・バルジンニャム監督)は跡取りの一人息子をオートバイ事故で亡くした母親のもとに、近所の若い牧民一家が移り住むまでの経緯を描いている。いなかに腰を据えて生きようとする人たちと、都会からふらふらといなかにやって来て一儲けする連中が登場して、なかなか面白いのだが、息子を亡くした母親の悲しみが前面に出ているせいか、メロドラマになってしまっている。牧民の骨太な生き方を押し出してほしかった。ちなみに、原題の「あなたの許に」の「Тань руу」は文法的に誤りで、正しくは「Танд руу」だ、と私たち留学生を指導していた先生が『文学新聞』紙上で指摘していた。

 「ゴビの林檎」(1984年、Kh・ダムディン監督)はウランバートルで育ち10年制学校を卒業後、地方に出て農牧業の仕事に就いた若者たちを追っている。彼らはいなか暮らしの不便さ、仕事の辛さを体験しながらたくましく変わっていく。だが、農牧業の後継者不足という現実に鋭く迫りきれていない。

 自動車運輸60周年記念として制作された「土煙」(1985年、J・セレングスレン監督)は、あるトラック運輸作業班(ブリガード)で働く労働者(7、8人)の労働と生活を描いている。長期間、家族から離れるうえ、運送途上では故障が起きたり、雪にはまって動けなくなったりして、この仕事の大変さがよくわかる。また、彼らが皆そろって模範的労働者だというわけではない。勤務中に酒を飲む者が何人かいるし、途上のホテルの女性従業員にちょっかいをかける者もいる。ときにはけんかして殴り合いになることもある。しかし、人間味にあふれる作業班長がうまくとりまとめ、常に会議で話し合うなどして、仕事の困難さ、一人ひとりの悩みを克服していく。そんな集団的な解決や、個性のぶつかり合いを通して、互いの絆を深める職場づくりを具体的に示している。


(モンゴル研究会会報『ツェツェックノーリンドゴイラン』1988年6月号掲載)

*映画の邦題、監督名はパンフレット「モンゴル映画祭」(1998年、国際交流基金アジアセンター)による