論文

牧民運動と革命

――モンゴル人民革命前夜(1911~1921年)における牧民運動の歴史的意義について――

 

    はじめに

 第一部 遊牧社会の特徴と発展

 第二部 革命前夜の牧民運動と遊牧共同体

 第三部 牧民運動と革命


牧民運動と革命

 

はじめに


 1917年、世界で最初の社会主義国家体制がロシアに誕生してから69年、1924年に世界で二番目、東アジアで最初の社会主義国家体制がモンゴルに誕生してから62年が過ぎた。わずか六十数年の間に、世界史の動向を左右する程にまで影響力を増大させ、現実と理論との矛盾にぶつかり試行錯誤しながら、多様に発展しつつある現実の社会主義社会への関心は、その長所も短所も含めて、世界的にますます高まっている。われわれの未来社会を構想する上でも、現代資本主義の問題と平行して、現存社会主義社会の問題に対する深い分析が不可欠である。

 現存社会主義の問題は、何よりもまず、マルクスやエンゲルスが予測し、理論的に提起した先進国世界革命ではなく、後進国一国革命を出発点としていることに起因している。そのため、前近代的遺物の残存、帝国主義との共存といったことが、社会主義の発展にさまざまな制約、障害をもたらしている。たとえば、政治面では、民主主義の欠如、官僚主義、大国主義といった科学的社会主義に反する誤りを引き起こしている。

 なかでも民主主義の問題は、共産主義がめざす人間の解放――ひとりひとりの個性の全面的開花――という普遍的課題を追求していく上で、決定的なカギを握っている。

 確かに、後進国における政治的民主主義は先進国のそれと比較して未成熟であったが、革命前夜の後進国においては、反封建主義、反植民地主義、反帝国主義の民主主義的要求が急速に高まり、民主主義の実現が革命綱領の柱のひとつに掲げられていた。それは、後進諸国の革命がすべて、民主主義革命を経たのちに社会主義革命に移行したことからも明らかである。ところが、民主主義的要求の熱意は、社会主義国家体制を樹立し、守り、安定させていく過程で失われてしまったかのようである。

 社会的課題の根本的相違によって、「社会変革を準備する段階における民主主義の問題点と、国家機構の民主主義変革が実施されたうえでの民主主義の問題点とを区別して論じなければならない」(池上惇「人間発達の経済学と社会主義」、『社会主義経済研究』1983年創刊号8ページ)。しかし、革命前の民衆運動、民族運動における民主主義は、革命、革命後の社会に、「人間の解放」という共通課題の下で継承されうるはずのものではないだろうか。継承されず断絶したのであれば、どこに問題があるのだろうか。革命前の歴史的構造における民衆の主体形成の過程を具体的に捉えることが、その解明の第一歩である。

 本論では、以上のような問題意識の上に立って、1921年のモンゴル人民革命の起点・内的要因である革命前夜の牧民運動に表れたモンゴルの民衆の主体的成長過程を分析する。革命前夜というのは、ここでは、清朝中国から独立を勝ちとり、ボクド君主国家を樹立した1911年から、人民革命が起こる1921年までの時代をさしている。この時代の世界史、東アジア史は、民衆の主体性が著しく成長し始める激動期である。

 モンゴルの民衆も、闘争をいかに進めていけば、真の独立・解放を獲得できるかという課題に直面しながら、急速にその主体性を高めていた。革命前夜の牧民運動の発展という内的要因が、十月革命後の東アジア歴史構造の変動という外的要因と弁証法的に関連することによって、モンゴル人民革命は勝利したのである。

 牧民運動の基底には、その時代の経済的・社会的条件に規定された遊牧の生産過程や遊牧共同体がある。遊牧や遊牧共同体に焦点をあてることによって、19世紀末から20世紀初頭におけるモンゴル社会の変貌を如実に示し、さらには、経済的日常生活と非日常の政治闘争との連続性、生活と労働に根付いた民衆の主体的成長過程をいきいきと描き出すことができる。

 しかし、残念なことに、手もとには、牧民の生活や意識を具体的に示すナマの資料が極めて乏しい。モンゴルやソ連等の研究成果に基づいて、革命前夜の牧民運動を再構成し、その歴史的意義――革命の内的要因としてのモンゴル人民の主体的成長――を明らかにしようと思う。

                                                                  松村晴恵

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「牧民運動と革命」第1部 遊牧社会の特徴と発展
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「牧民運動と革命」第2部 革命前夜の牧民運動
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